保育士が「通勤が楽しみ」と語る国。 フランスの保育園は、日本と何が違うのか

日本の「使用済みオムツ持ち帰り」どう思うか聞いてみた
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Junko TAKASAKI

2016年の合計特殊出生率1.93(日本は1.44)の国フランスでは、3歳未満の子を持つ母親の8割以上が就労している。子どもの預け先は保育園、母親アシスタント(保育ママに相当する小規模保育)、ベビーシッターと多様だ。

中でも保育園は一番人気で、保活も妊娠中から始まる。人気の理由はその価格と質。全ての保育園が認可園で、利用料は全国の自治体で、公立、私立に関わらず同じ応能負担率で統一されている。

質の面での満足度も高く、私立保育事業者組合の利用者アンケートによると、「保育園に満足している」と答えた保護者はほぼ9割に上る。

産める国・育てられる国フランスの保育所は今、どのような仕組みで、どう運営されているのか。最新の状況を知るため、首都パリの公立保育園を訪ねた。

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取材したのはパリ13区にある市立保育園。1、2階部分が保育園で、その上階はマンションになっている。最寄りの地下鉄駅からは7分ほどの立地、入口前の道路は車両通行のない歩道になっている。
Junko TAKASAKI

パリ南部、庶民的な住宅街13区にある、約70人規模の公立保育園。フランスでは大規模園に入る部類だ。集合住宅の1階と2階900平米に、0〜1、1〜2、2〜3歳の3クラスで、それぞれ20〜24人の児童を預かっている。

迎えてくれたのは園長のエレーヌ・スートラさんと副園長のアンヌ=オリヴィア・ケスニオーさん。スートラさんは小児看護師資格を、ケスニオーさんは幼児教育士資格を持つ。

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園長をはじめとしたスタッフが、自主的に「この園での保育とはどうあるべきか」を考え、市の決済を取る。保育計画も2年に1回検証が求められ、市への報告とそれに対するフィードバックは、園で働く全保育士に共有される。
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園の説明を聞いてまず驚いたのが、登園・退園の時間が自由ということ。保育時間は7時45分〜18時45分。日割り契約で、その時間内であれば何時に来て、何時に帰っても良い。

「通園時間を自由にしているのは、世帯の都合を最優先しつつ、児童ができるだけ親と過ごせるようにするためです」と、スートラ園長。運営上の理由から、11時からの昼食とその後の昼寝の時間帯は登園・退園がないようにと伝えている。

その一方で、延長保育はない。フランスでは一部の上級管理職を除き残業をしない労働文化があり、一般的な共働き家庭であれば、18時45分までには問題なく迎えに来られるからだ。医療職や飲食業など労働時間の不規則な世帯は、より契約時間の柔軟なベビーシッターを選ぶという。

園内を見学すると、アトリウム(園内ホール)や室内水遊び場などいろいろな場所で、2〜6人ほどのグループで児童が過ごしていた。

「年齢別のクラスを、さらに小グループに分けて保育しています。0-2歳は発達や精神安定の面から、小規模での『保護的保育』が適していると考えるからです」

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0-1歳クラス。遊具はほとんどなく、ガランとした空間にクッションや座椅子が置かれている。この年齢はほとんどを寝るか這うかで過ごすため、その動きを阻害しない作りになっている。
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少人数の方が児童の相互刺激による興奮状態が避けられ、保育士側も対応しやすいという。実際、訪問時に見た子どもたちはこちらが驚くほど穏やかで、大きな声を上げる児童もいなかった。

ロビー横の小部屋では保育士1人と2歳児2人がお絵描きをし、アトリウムでは保育士1人が、1歳児8人と手押し車を使って自由遊びをしていた。2歳クラスでは保育士1人と8人の子どもたちが、キッチン遊具でままごとをしていた。

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1-2歳クラスは、立体的な大型遊具が多い。この年齢は「よじ登る」「飛び降りる」など、自分の体で何ができるか、を試すことが発達の核にあるという。「1日中そうして過ごしてもいいくらい」と園長。小型のおもちゃは少ない。
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クラス内でのグループ分けは、法で定められた保育士配置基準に従い、未歩行児童5人につき1人、歩行可能児童8人につき1人を最大としている。

クラス全体で動くのは昼食と昼寝、外遊びの時間。子ども達のリズムを保つために睡眠と食事はある程度同じ時間にして、座る場所・寝る場所を固定している。

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2-3歳クラスは遊びの幅が広がり、小型のおもちゃでも自主的に使えるようになる。その特性に合わせ、保育室を「遊び道具」ごとに区切っている。キッチン、お絵かき、パズル、読書、など。
Junko TAKASAKI

0-2歳で小規模保育を実践する理由を、「発達の特徴に合わせるため」と園長は語る。

「0-2歳は、『穏やかな環境で、保護されていると感じること』が何よりも重要です。フランスでは3歳以上は公教育の学校に行きますが、その年齢は団体の中で自主的に動き考え、物事を発見していく必要があります。0-2歳とそれ以上の年齢の児童では、求められる保育内容が大きく異なるのです」

穏やかな環境での少人数保育が望ましい、というのは、論理的で分かりやすい。しかしそれは言い換えると、「1人の保育士がつきっきりで子どもを世話する」ことになる。実はフランスの保育士配置基準は、日本のそれより少ない。日本の基準は「0歳児で3人に1人、1・2歳児は6人に1人」である。

どうすれば保育士が少ない環境で小規模保育が実践できるのか。この人員配置での「少人数保育」を可能にするため、フランスの保育園では、保育士の仕事が徹底的に合理化されている。保育士を「子どもを見ること」に集中させるための工夫と配慮が、細部に渡ってなされているのだ。

例えば保護者とのやりとりは口頭で、保育士は日中、そのために簡略な「生活メモ」をつける。これは園内用の資料で、保護者に渡すものではない。保育士が「紙」を見る時間は、原則としてこの時だけだ。保護者と連絡帳のやりとりはない。運営周りの書類など、事務的な紙仕事は3人の管理職(園長1名・副園長2名)が担当する。

リネンは共用、オムツは紙オムツを使い捨て。園内清掃には保育士以外の専門職員がいる。また行事がほとんどないので、運動会やお遊戯や制作物もない。

これらの運営方法はパリ市が定めており、公立園は合理化された運営ルールで統一されている。

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おむつは交換後に即時廃棄、ゴミ箱は1日に3回空にする。燃えるゴミとまとめて、パリ市衛生局による回収が毎日あるそうだ。
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この機に、今日本で議論されている「使用済みオムツの保護者持ち帰り」について聞いてみたところ、園長・副園長とも目を丸くし、「衛生面と匂いの点で、問題ないの?」と即答した。

この園では大便はその都度替えるが、小便のみのオムツ換えは1日3回程度。これで児童の健康状態に問題はなく、保護者からの不満もないという。園長は苦笑しながら、こう付け加えた。

「衛生的に処理されていて、児童と保育士の健康に問題がないのなら、オムツ換えは神経を使うべき点ではないのです。保育時間中は、もっと見なければならない点がたくさんあるでしょう? 子どもは食べて排泄するだけのミルク飲み人形ではないのだから」

保育士が「子どもの保育」に集中するため、徹底的に合理化されたフランスの保育所運営。その背景には、保育士という専門職への敬意がある。

保育士の主要資格には小児看護士と幼児教育士の二種類があるが、どちらも大卒に相当するものだ。それに続き、「小児看護士補佐」など11種のグレードの職種が整備されている。

給与は高くはないが安定している。自治体による公務員枠での採用で、初任給の手取りは約17万円からスタートし、園長クラスでは約38万円まで上がる。保育士たちはこの給与体系に納得しており、2016年パリ市が実施した保育従事者アンケートでも、給与への不満はほとんど出てこなかったそうだ。

「私たちの仕事では、金銭的な待遇と同じくらい、大事なことがあります。それは『働きやすさ』なんです」と、副園長のケスニオーさんは語る。

「保育は心身共に負担のかかる、責任の重い仕事です。パリ市はそれをちゃんと理解して、働きやすい環境を整えてくれていると感じます。おかげで毎日、通勤するのが楽しみです」

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保育場所は保育室に限らない。ここでは浴室横の更衣室を活用。お絵描き台を置き、2歳児2名が保育士1名と水彩をしている。可能な限り少人数でグループ分けをし、保育士・児童ともに集中できる時間を作るという。
Junko TAKASAKI

パリ市はまた、保育士の研修にも力を入れているという。子どもの発達や生態に関する学術研究の進歩によって、保育理論は常に刷新が求められるもの。キャリアの長い保育士の経験も貴重だが、古い保育理論に固執しないように配慮されている。

具体的には、園長・副園長には年に3〜4回、パリ市児童家庭局主催の保育勉強会への参加が義務付けられている。テーマは「神経医学から見る乳幼児の発達について」や「自閉症」など多岐に渡る。年に3日、研修のための休園日があり、保育勉強会の内容は園長から現場の保育士たちにシェアされる。

フランスと日本は保育の歴史も、保育園の置かれた社会背景も異なる。安易な比較はできないが、日本で保育士不足や待遇改善が言われている今、「通勤するのが楽しみ」と保育士が語るフランス式の保育所運営は、一つの参考材料になるだろう。

合理化された保育士の仕事は、保育の質を高めることになる。それは結果として、親の負担も減らすことになる。オムツの持ち帰りやリネン類の持参など、日本式の保育所運営を支えているのは、保育士と保護者の両輪なのだから。

保育士が穏やかに働け、親が信頼して子を預けられ、子が安らかに過ごすことのできる場所。それをどう作っているのか、ぜひ日本の保育行政関係者にも、その目で見て欲しいと感じた。

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髙崎順子 パリ在住ライター

1974年東京生まれ。大学卒業後、出版社で編集者として勤務。2000年渡仏し、パリ第4大学ソルボンヌなどでフランス語を学ぶ。近著に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮社)『パリのごちそう〜食いしん坊のためのガイドブック』(主婦と生活社)など。