「汚染水処理」で剥げ落ちた「東電」「規制委」トップのメッキ--杜耕次

今年6月に鳴り物入りで迎えられた会長の川村隆率いる新経営体制が、早くも壁に突き当たっている

福島第1原子力発電所(フクイチ)事故で事実上破綻して6年、国有化されて5年――。そんな東京電力ホールディングスの「救世主」として、今年6月に鳴り物入りで迎えられた会長の川村隆(77)率いる新経営体制が、早くも壁に突き当たっている。

発足直後の報道インタビューで、放射性物質トリチウム(三重水素)の残る汚染水を海洋放出する方針を固めたと「明言」し、大騒ぎになったことは周知の通り。

漁業団体などの猛反発ですぐに取り消したものの、川村が「判断したとは言っていない。意味が違う」と、通り一遍の釈明で済ませようとしたことが、関係者の不信感を一段と増幅させた。日立製作所のV字回復の功労者という"金看板"はあっという間にメッキが剥がれ落ちてしまった。

一方、当初は「はらわたが煮えくり返る」と川村発言に激怒していた原子力規制委員会の委員長・田中俊一(72)は、その後みるみるトーンダウン。9月18日の退任を目前に、唐突に柏崎刈羽原発(新潟県)6、7号機の安全審査に「合格」内定を出すなど、相変わらず掴みどころのないパフォーマンスで電力業界や福島、新潟の地元関係者らを戸惑わせている。

「トリチウム事件」

8月30日、規制委の定例会合に社長の小早川智明(54)と共に意見聴取のため出席を求められた川村は、発言を専ら小早川に任せ、自ら声を発したのはわずか2度。取締役会の決議と経営資源の配分について説明した時だけだった。

7月10日に行われた最初の聴取では、川村は実に雄弁だった。

「私が他の会社(日立製作所)から参りました理由の1つはおカネの調達の問題があり、(中略)柏崎刈羽の運転開始というのも1つの要素として含まれている」

「原子力が日本のエネルギーにとって非常に大事なものであり、原子力なしでは今後やっていけないというところを東京電力が示していく。(中略)原子力がきちっと動かせることを見せる責任が東京電力にはある」

委員長の田中をはじめ、次期委員長に内定している更田豊志(60)など規制委メンバーを前に、持論を滔々と述べていたのである。そんな川村が、2度目の聴取のこの日一転して寡黙になったのは、最初の聴取の直後に起きた「トリチウム事件」で袋叩きにあったからに相違ない。

「トリチウム水海洋放出〜福島第1 東電会長が明言」『河北新報』

「汚染水処理の放出言及〜東電会長 福島第一から海に」『東京新聞』

共同通信が配信した記事が地方紙各紙の紙面に大きく掲載されたのは、7月14日。中でも、東北地方のブロック紙『河北新報』は1面トップで報じた。トリチウムは弱いベータ線を出す放射性物質で、半減期は12.3年。自然界にも存在するが、原子炉内の核分裂などによっても生じる。

水と性質が似ており、フクイチの事故後に汚染水から放射性物質を取り除くために設置されたALPS(多核種除去設備)でも除去できない。通常の原発では希釈したうえで海に放出しているが、フクイチでは地元漁協などの強い反対で海洋放出ができず、敷地内のタンクに大量に保管されている。

釈明は笑止千万

記事には、川村が報道各社のインタビューでトリチウムを含んだ汚染水を巡り「『(東電として)判断はもうしている』と述べ、海に放出する方針を明言した」と書かれていた。

冒頭に触れたように、寝耳に水の漁業団体や地元自治体で大騒ぎになったため、川村は19日に、都内の全国漁業協同組合連合会会長の岸宏(73)に陳謝。その際、川村は「会社としても個人としても、汚染水を海洋放出すると判断した事実はない。発言の真意が一部の報道機関に伝わらなかった」と釈明している(7月20日付『朝日新聞』)。

この釈明の仕方だと、記事を配信した共同通信の記者の思い込みや勘違いが「原因」だったのではないかとの印象を与えかねないが、実際は記事中にあるように、川村は「明言」している。このインタビューには新聞・雑誌・テレビなど27の報道機関が参加。7つのグループに分けられ、7月12、13両日に行われた。

『読売新聞』によると、川村は12日のインタビューで、規制委委員長の田中が「科学的にはトリチウム水を海洋放出できる」との見解を示していることについて、「我々もそういう技術的な確証も持っているし、皆さんにも説明してきている」と発言。東電としての判断を問われると、「我々としての判断はしている」と述べたという(7月15日付『読売新聞』)。

また、ウェブの『週刊東洋経済プラス』も7月29日号で、川村が7月12日のインタビューの際に、トリチウム残留水の海洋放出について「もう判断しているんですよ。(規制委の田中)委員長と同じ意見です」と答えたと報じている。

これだけの"証拠"があれば、もはや逃れようはない。此の期に及んで「真意が伝わらなかった」「放出を判断したという意味ではない」といった川村の釈明は笑止千万。

「これまで(東電と)信頼関係を築いてきたが、不安が大きくなった」(福島県漁業協同組合連合会の野崎哲代表理事会長)、「海洋放出は絶対に受け入れられない。風評被害が大きくなる」(いわき市漁業協同組合の江川章代表理事組合長)といった批判が噴出するのは当然だろう。

「はらわたが煮えくり返る」

一方、こうした漁業関係者のほかに激しい言葉で川村をなじった人物がいた。冒頭で触れた、規制委委員長の田中である。インタビューでの川村の発言にもあるように、田中はかねてトリチウム水の取り扱いについて東電に海洋放出を促しており、川村は問題となった報道各社とのインタビューで「科学的に問題ないという(規制委の)田中俊一委員長の見解と同じだ」「大変助かる」などと述べていた。

「トリチウム事件」の勃発5日後の19日に開かれた規制委の定例会見で、田中はこのことを取り上げ、「(汚染水放出の判断を巡り)私を口実にした。はらわたが煮えくり返る」「福島に向き合わないと解決しないと言ったのに、まだ逃げ道を探っている」と川村と東電を、口を極めて非難した。

実は、この田中の尋常でない"怒り"には伏線があった。先に触れた7月10日の規制委の最初の意見聴取で、川村と小早川は田中をはじめ規制委メンバーから激しい突き上げを食らっている。

田中は会合の冒頭で、「福島第1原子力発電所の廃炉を主体的に取り組み、やりきる覚悟と実績を示すことができない事業者に柏崎刈羽原発を運転する資格はない」とし、続けてトリチウム処理水の排水の問題、デブリ(核燃料が溶け落ち固まったもの)取り出しについての格納容器の調査、凍土壁や諸々の廃棄物の問題について、「東京電力の主体性がさっぱり見えない」と憤懣遣る方ない口調で批判した。

その後、規制委委員で放射線医学者の伴信彦(54)がトリチウム水の問題を取り上げ、「(汚染水を溜めた)タンクがあれだけ林立している中で、我々原子力規制委員会としては、管理された条件の下で(トリチウム水を)放出するのが技術的に最善のソリューションであり、他のソリューションはないであろうとずっと申し上げてきたが、東京電力は『検討します』ということを、ずっとおっしゃっていて、ではいつ、どのように、何をしたいのか、それが全然見えてこない。そのあたりはどうお考えなのでしょう」と、川村と小早川に問い質したのである。

この質問に、原発事業の経験が皆無の小早川は一般論でしか応答できなかったが、東京大学工学部の卒業論文で「沸騰型原子炉」を取り上げたほど原発に詳しい川村は、汚染水を溜め込んだタンクを設置するスペースがあと2年分ほどしかないことを指摘しながら、「『多核種除去設備等処理水の取り扱いに関する小委員会』及び『トリチウム水タスクフォース』(どちらも政府が設置した検討機関)の結論が出ないと、社会的な認識が得られない。風評被害まで含めたいろいろなことを配慮すると、そういうことになるのだと私は聞かされている」と回答。

さらに、それを踏まえて川村は「ただ、おっしゃる通り、非常に時間が限られた問題であるので、2年後にタンクがいっぱいになる、そんな時まで待たないで結論を出したい。是非スピードアップしてやりたいと思っている」と居並ぶ規制委のメンバーを前に宣言している。

要するに、川村はこの規制委の意見聴取でのやり取りに引き摺られる形で、2日後に始まった報道インタビュー中に「海洋放出決断」を口走ってしまったわけだ。当然のように沸き起こる漁業団体などからの風評被害への強い懸念を、川村はアタマでは理解していたに違いないが、実際に起きた猛烈なバッシングは想像以上だったのだろう。

始動早々の失点で、新生「川村・東電」のイメージは大きく損なわれた。経営陣のみならず、東電社内での川村の求心力に早くも翳りが見えるのは致し方ないところだ。

御用学者的な責任逃れ

それにしても不可解なのは、規制委委員長の田中の言動だ。7月10日の川村、小早川とのやり取りをみれば、トリチウム水の海洋放出はそもそも規制委の「持論」なのである。川村の「放出判断」発言を歓迎しても良いはずなのに、19日の会見では「はらわたが煮えくり返る」と槍玉に挙げた。判断の根拠として自分の名前を引用されたことに腹を立てているなら、それこそ御用学者的な責任逃れと言われても仕方ない。

7月10日の意見聴取の席で、田中は川村と小早川に向かって、「国の委員会(処理水に関する小委員会とタスクフォースのこと)というのは責任ある回答は出ません。これは保証しますよ。出たって、それで住民の方、漁民の方が納得するかというと、そんなことはないですから」と指摘。

加えて「トリチウムを取り除くのはできないのだから捨ててくださいと、国際機関も言っているわけです」と断言している。規制委の会合で一連の発言を受けた川村にすれば、海洋放出判断を後押ししてくれると思った田中から「梯子を外された」と感じたかもしれない。

その田中も、9月18日に任期満了で規制委委員長を退任する。「福島第1原子力発電所の廃炉を主体的に取り組み、やりきる覚悟と実績を示すことができない事業者に柏崎刈羽原発を運転する資格はない」と7月10日に言い切った田中は、報道インタビューで言葉を滑らせた川村をあれほど非難したにもかかわらず、9月中に柏崎6、7号機の再稼働に向けた安全審査で合格内定を出す見通しと報じられている。

田中が柏崎刈羽原発の運転者の資格として挙げた「覚悟と実績」を、「トリチウム事件」で右往左往していただけの川村・東電がどのように示したといえるのか。東電も規制委も、トップの言葉は中空を彷徨っているとしか思えない。こんな状況下で柏崎6、7号機の再稼働が進むとしたら、それこそ"究極のミステリー"ではないか。(敬称略)

杜耕次

関連記事

(2017年9月11日
より転載)

注目記事