木村伊兵衛写真賞の最終ノミネートは、全員女性だった。 男と女、写真の撮り方はどう違うのか。

創刊92年の「アサヒカメラ」が、「女性写真家」を特集した理由

小松浩子、藤岡亜弥、片山真理、笹岡啓子、春木麻衣子、細倉真弓。

この6人は2018年、第43回木村伊兵衛写真賞(木村伊兵衛賞)に最終ノミネートされた人たちの名前だ。

みなさんは、全員女性だということに気づいただろうか。

全員が女性だったのは、木村伊兵衛賞の選考でも初めてだという。

アサヒカメラ」9月号が、「この女性写真家がすごい」と題した特集を組んだ。92年の歴史のなかで、女性写真家を特集するのは初めての試みだ。

「アサヒカメラ」9月号
「アサヒカメラ」9月号
HuffPost Japan

「アサヒカメラ」の佐々木広人編集長は、なぜ今この特集を組んだのか。

女性の写真は、男性と何が違うのか。「男と女、分ける意味はあるのか」と自問自答したと語る佐々木さんに、木村伊兵衛賞の選考過程や、男女における写真の表現の違いについて聞いた。

佐々木広人編集長
佐々木広人編集長
Jun TSUBOIKE

「あれ、全員女性じゃん」の声は最後に上がった

――9月号の『この女性写真家がすごい!』という特集、92年の歴史で初めてだそうですね。

たぶん初めてだったと思います。

――女性写真家特集、大きな試みだったんじゃないかなと。

普段、大テーマは自分で決めてやっていたんだけど、これはうちの編集部の部員から、「女性写真家の特集やらないか。やったほうがいいんじゃないか」って言われたんです。

――部員の方は女性ですか? 男性ですか?

男性でベテランですね。木村伊兵衛写真賞のノミネートが6人全員女性だったというのは、非常に大きいです。

実は最終ノミネート6人の前に64人推薦されているんです。4人の選考委員がノミネートを絞り込んでいくわけですけれども、今年は64人中女性が18人。そのうち6人残った。逆に男性は全員落ちたわけです。

僕も選考に加わっているので内情をいうと、それぞれ最終ノミネートを一人ずつ開けていったんです。そしたら、「あれ、全員女性じゃん」と最後に声が上がったの。そのくらい女性だからという意識は全くなかった。

――選考過程で、女性はあまり意識していなかった?

全く意識せずに選んでいる。

――作品を見るときに、性別は分かるんでしょうか?

写真集や図録だったりするので、顔と名前が出ていて、経歴も内部資料として冊子にまとめてあります。ですけど、男性だから、女性だからということはありませんでした。

ただ、過去の歴代の受賞者一覧を見たときに、第4回で石内都さんが受賞されているんだけど、次が(第15回の)武田花さんかな。女性は圧倒的に少ないわけですよ。

よくいわれる、(2000年度に)蜷川実花さんと長島有里枝さんとHIROMIX、女性3人が受賞したのはエポックメイキングな出来事でしたけど、この辺りからやっぱり増えている。

(今回の特集で)写真史研究家の戸田昌子さんも書かれていたと思うんだけど、2000年に女性が出てきて「ガーリー」だと批判的に書かれたけど、あれ以降の写真史で、ちゃんと女性の写真家を評論したことは、うちであんまりなかったんですね。

「『女の子写真』からの四半世紀」と題した、写真史研究家の戸田昌子さんの寄稿
「『女の子写真』からの四半世紀」と題した、写真史研究家の戸田昌子さんの寄稿
JUN TSUBOIKE

今、女性写真家を特集する理由

――女性写真家を初めて特集しようと思った理由は?

僕は女性写真家だけことさら取り上げることに抵抗があったんです。なぜかというと男性も女性も関係ねえじゃんっていうのがあるわけです。

「女性写真家というのは大変だったんだ」と石内さんからもいろいろ聞いているんだけど、僕らは、写真家から写真を預かって作品を見て、載せるか載せないか。そこでしか判断していないんですよ。

ーー佐々木さんは、2014年に「脱カメラ女子」というテーマで寄稿されていて、女性がいわゆる「カメラ女子」時代から脱する機会を提供したいと書かれていました。

あの頃、流行っていて実際カメラ女子向けの本もあったし、うちもムックにチャレンジしたんですよ。でもあんまりセールス的にはうまくいかなかった。そういうのを積み重ねていったときに、男子も女子も関係ないじゃんという。

僕はいわゆる生物学的な区分でいえば男だったりするけども、マインドその他含めたところで、ほんとに(男と女の)間にいる方やトランスな方は、写真家にたくさんいるんですよ。

そうした写真家が本当に素晴らしい作品を撮っている。男、女と分ける意味はあるのかと思っていたんです。

ただ今年の木村伊兵衛写真賞、全員ノミネートが女性って、確率論的にすごいじゃないですか。無作為で6人女性並べるって、男性を同じく並べるのも大変。ある意味事件です。

写真家が、写真で世を記録するのと同様に、僕らも写真界のことを記録していかないといけないんじゃないか。来年になったらもっと理解が進んで、男だ女だっていう区分で語れるのは、実は今年ラストチャンスかもしれないなと。

多少のハレーションはあるだろうなと思います。でも今だったらまだジェンダー論に未熟な人でも入っていけるかもしれない。このチャンスは最初で最後かもしれないなと思ったんです。

男と女、写真の撮り方はどう違うのか

――写真史研究家の戸田さんが記事で「男性写真家と女性写真家の表現の落差は、いつか個性の中に融解することが正しい道だろう」と書かれていました。男女の"表現の違い"についてどう思いますか?

うちの読者も、(日本近代写真界を代表する写真家の)木村伊兵衛、土門拳、大竹省二の域から抜けられない人がいます。だけど、木村伊兵衛賞の審査員はホンマタカシさんがやっていて時代は変わっているわけですよね。

Instagramを見ていると、"インスタ映え"という表現もある一方で、かなり色と光を使った抽象的なデザインチックな作品を出して、たくさん「いいね!」をもらっている人がいたりする。

写真にはこれだけ幅があるんだよと見ていったときに、(今回の木村伊兵衛賞も)結果として推進役になっている人が選ばれていると思いました。

例えば、(現在90歳の)西本喜美子さんは70代でカメラを覚えて、この自撮り。小難しいことは、全部流し撮りで、めんどくさいことは、彼女曰くPhotoshopでやっているわけですよ。

準備完了〜〜〜

西本喜美子さん(@kimiko_nishimoto)がシェアした投稿 -

――マニュアルで撮ることにこだわらない。

必要なのは、アイデアとセンスだと思うんですよ。それを十二分に生かし切っている女性写真家だから、今回起用している。

潮田登久子さんは丁寧にやっている人ですよね。米美知子さんは風景写真家の中でたぶん今一番人気がある方なんですけども、この方は意外と、言葉があれですけど、男前にいろんなところを歩いて回る人です。

――彼女自身も、男前な写真と言われると何かうれしいと書かれていましたね。

でもやっぱり柔らかいんですよ。日差しの捉え方とかも含めて。

梅佳代さんはご存じの通りじゃないですか。やっぱりこの被写体との距離感の絶妙さというのは、彼女しか出せないと。

――今回の特集では、少しは器材についても聞いていますが、重要視はされていないように思います。作品の評価の基準は、表現が主体になってきたのでしょうか。

感性だと思いますよ。感性とかセンスというとすごい漠然としちゃうんですけども、今までにない文脈を持ってきますよね。「そのパターン、ここで使う?」みたいな。

例えば、ヨシダナギさんとかアフリカの部族をスーパーヒーローとして撮っていますよね。たぶんアフリカで部族を撮るのは、過去に何人もの写真家がやっている。だけど、みんな土臭さとか荒々しさとか、とにかくアフリカの匂いを伝えたいと思うわけですよ。

――男性と女性で、写真の撮り方に違いを感じる部分はありますか?

うちのコンテストもそうですけど、今写真のコンテストをやって上位に来るのは、圧倒的に女性が多いんですよ。

今回のコンテストの大本になる原体験が一つあって。2015年にある写真コンテストの審査で、表彰式があって、グランプリを取った人に賞品を渡して、プレゼンターをやりながらインタビュー的に話を聞いたんですよ。

「この写真、どうやって撮ったんですか」とか言ったら「オートです」って一言で終わっちゃった。二の句が継げなかったの、僕。「オートでいい瞬間を狙っていたんですよ。それだけです」といって、照れたような笑いを見せられた時に、こっちは「マジか」って。

同じように、僕は別のコンテストで男性にも聞いたことがあります。そうすると「レンズを70-200mmのズームを、ちょっと重いんだけど結構苦労して担いでいって」というわけですよ。

レンズとかボディの切れ味とか、さわり味とか、いかにして撮ったかをとうとうと語るんです。どれだけその被写体に向かって苦労したか、山を登ったか。でなければ、こういうふうに工夫して撮ったとかテクニックのほうへ行くんですよ。

――写真道みたいですね。

正直にいうと、カワセミが水の中にポチャンと入って、池の中で魚を捕るシーンは、おじさんたちはよく撮りたがるんですけど、今は普通にどのカメラでも、ミラーレスでも、連写したら誰でも撮れる時代なんです。

フィルムの時代は、みんな一生懸命になって撮っていたわけです。だけど今それが簡単にできる。オートでできちゃう時代なんですよ。プロでもオートで使う人、今は結構いるんですよ。

――男性は、テクニック重視の傾向があるのでしょうか。

男性は、写実的な写真を撮りたがるわけです。でも今、写実的な写真はインターネットのニュースのほうが速くて分かりやすい。

作品は、報道とは違うんですよね。どういうふうに撮ったら被写体の魅力が伝わるのか、何をすべきかを頭の中で考えればいいと思うんですけども、考えずにパッとカメラを向けちゃうのは割と男性がよくやるパターンです。

肖像権の話で、困ったといっているのはみんな男です。あんまり言いたくないけども、女性の方からそういう質問は来たことがないです。多分コミュニケーションができているんですね。

――被写体が、消費する相手ではない。

子どもに向き合って、街で見かけたかわいい子とかに、きちっときれいに声を掛けて。僕も現場に立ち会ったことありますけど、やっぱり緊張を和らげるんですよ。

僕なんか、こういう体つき、顔つきのせいか分からないけど、たぶん同じことはできない。だけど本当に、見事に緊張を和らげて、すっと入っていけるんですよ。だからスナップを撮る女性は面白いなと僕も感じていました。

「彼女たちの作品はなぜ高く評価されるのか」

JUN TSUBOIKE

ーー最終ノミネートに女性が6人、写真界も変化していますね。

女性写真家を応援している気持ちもあるんですけど、実はこの特集を一番読ませたいのは、いまだに旧態依然とした考え方を持っている、おじさんのアマチュア写真家なんです。

自分は音楽をやっていまして。ドラム叩きなんです。バンドをやっていて思うんですけども、やっぱり自分たちで、自分の楽器を弾いたり叩いたりしていて、やっぱり80年代、90年代に体得したリズムから抜けられないんですよ。

それぞれの世代でヘビロテになっている曲があるはずなんですよ。もう染みついちゃってる。でも発表年を見ると、1999年とか書いてあって。

――ちょっと前のつもりが20年前だったりしますよね。

俺でもこうなんだから、年配の方も「あんなの写真じゃない」とかっていっちゃうわけですよ。大ベテランのプロの写真家でも。

あんなギラギラしたのは写真じゃねえとか言うんだけど、何でもいいじゃねえか。光と影を使ったら写真なんだよ、それを機械で撮ったら全部写真だよというのが、僕の持論です。

――特集見出しの「彼女たちの作品はなぜ高く評価されるのか」が不思議だなと。とても男性的ですよね。

なぜ高く評価されるのか。僕は意図的にこの言葉を使ったんです。評価される写真を撮りたがっている人がたくさんいるからです。

今の時代は情報がたくさんありすぎて、いい作品を見せても、たぶんピンとこない人のほうが多いかなと思ったんですよ。やっぱり人目に付かせることが重要で、刺さないとこの情報過多な時代で何もできない。

――フックになるように、あえてこの見出しにしたんですね。

ドイツ写真工業会が2014年に出したデータなんですけど、1秒間に世界中で切られているシャッターの回数が25万回というんですよ。

さっきから音楽の話で恐縮なんですけど、ギターを弾く人は少ないはずなんですよ。ほとんどの趣味はプレーヤーが少なくて、オーディエンスが多いはず。写真は逆なんです。

写真は撮る人が山ほどいて、スマホで撮る人も含めたら、たぶんみんな撮るんじゃないかぐらいの勢い。プレーヤーがこれだけ多いというのは、もう特筆すべきことですよ。

――あらためて、写真が溢れるこの時代に、「女性写真家」という新しい軸を立てた意味は?

いろんな情報が出てくるなかで、みんな撮ったことがあるものだらけなところで、新しく新機軸を打ち立てるのは並大抵なことじゃない。

今SNSの写真で、輝度・彩度を高めにしたギラギラした写真が出てきているのは、他よりもちょっと差別化しようという成れの果てなのかなという気がします。

もしかしたら彼女たちが撮っている撮り方というか被写体との向き合い方に、僕らが忘れていた、あるいは気づかなかった重大なヒントがあると思うんですよ。

(文:笹川かおり 撮影:坪池順)

注目記事