漫画『ダルちゃん』大ヒット。“ふつう“の24歳・派遣社員の物語に、なぜ心を揺さぶられるのか

「ふつうの人」になりたくて、今日もわたしは“擬態”するーー。作者のはるな檸檬さんに聞いた。
「ダルちゃん」(はるな檸檬)
「ダルちゃん」(はるな檸檬)

漫画『ダルちゃん』の主人公は24歳の派遣社員。でもちょっと気を抜くと体の輪郭がぶよんと崩れて、「ダルダル星人のダルちゃん」になる――。

資生堂のカルチャー情報発信サイト「ウェブ花椿」での人気連載を経て、2018年12月に全2巻で単行本化。発売後に即重版し、2刷で10万部を突破しているヒット作だ。

「ふつう」になりたくて"擬態"しながら必死に日々をもがく24歳女性の物語は、なぜこんなにも多くの人の心に響いたのか。

「人は最初に"自分"をいじめる。加害する相手として、いちばん手近で楽だから。でも若い人たちがそんなふうに自分をいじめる姿を見たくない」

そう思いを語る、作者のはるな檸檬さんに話を聞いた。

漫画家のはるな檸檬さん
漫画家のはるな檸檬さん
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「ふつうの派遣社員」が創作に向かうまで

――主人公の「ダルちゃん」こと丸山成美は、24歳の派遣社員。"ふつう"に「擬態」して居場所を探す彼女の姿に、連載中からSNSでは多くの共感の声があがりました。

私自身もダルちゃんみたいに「周りに合わせるのがしんどい」という感覚をずっと持っていて。もちろん大勢の人が持っているものだとは思うんですけど。

そういう感覚を一番単純化して、記号として表したら、「ダルダル星人」という姿になりました。孤独をずっと感じている人物を描きたい、という思いもありました。

『ダルちゃん』(はるな檸檬)
『ダルちゃん』(はるな檸檬)

最初は「20代の女性に向けた作品を」というお話だったんです。

「共感を軸にしたストーリーを」と考えていたのですが、『花椿』編集長さんにお会いしたときに、「詩の公募をしているんだけど、会社員や主婦の方からの応募がすごく多い。一般の方たちの創作に対する欲求の高さに驚かされます」という話を聞いたんですね。

じゃあ、派遣社員の24歳女性が詩を「書く」ようになるまでの間には何があるのか、みたいなものを描いてみようと思いました。

――派遣社員としてのダルちゃんの職場風景がとてもリアルです。自分はどう振る舞えばいいかわからないダルちゃんは、「役割がある」ことで安心できる。

私自身も派遣社員として3年間働いた経験があったんです。

楽しいこともあったけど、外に出せなかったこともたくさんあった。だから自分の中にずっとためてきたことを取り出しながら『ダルちゃん』を描きました。

――そもそも、「ウェブ花椿」で連載が決まったのはどんな経緯だったのでしょうか。

「ウェブ花椿」担当編集:はるなさん自身が体験した産後のつらさを描いたコミックエッセイ『れもん、うむもん!』を読んだことがきっかけです。

私も2人の子どもを出産しているのですが、産後しばらくはすごく苦しかったんですね。

授乳のために万年寝不足のなか、小さな命を生かすことに精一杯で、我が子をかわいいと思う余裕すらない。こんな自分は「ダメな母親だ」と自分を責めていたのですが、数年が経過して『れもん、うむもん!』を読んだときに、そのときのダメな自分が救われたんです。

あのときの小さな感情の揺らぎを丁寧にすくい上げて、「大丈夫だよ」と言ってもらえた気がしました。

この方が20代の女性に向けてのマンガを描いたら、どんなストーリーになるんだろう、という思いから連載をお願いしました。

――はるなさんにとっては初めてのストーリーマンガだそうですが、やはり手探りで進んだ部分もありましたか?

1話目はまだ方向が定まってなかったんですよ。私はずっとギャグマンガの人だと思われてきたから、「ちょっとふざけなきゃ」みたいな思いもあって。

でも主人公が、「ふつう」を"擬態"している「ダルダル星人」で、詩の創作を絡めて描くという設定にしちゃった時点で、「あ、これギャグにしてらんない」と気づいた。

何かを表現したり創作したりする人は、孤独に対する強い自覚を持っている、と私はずっと思っていて。ダルちゃんが孤独を感じている設定を最初にバンと出すために、前半はモノローグが増えましたね。

孤独を感じている人はどんな出来事を経て、何に背中を押されて、創作に向かうのだろうか。そういう大まかな流れだけ決めておいて、あとは描きながら考えていきました。

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つらいとき、人は最初に自分をいじめる

――社会の中で、役割を演じる。多くの人が当たり前のこととして捉えている「常識」がもたらす苦しみや孤独が、「擬態」という言葉で的確に表現されています。

本当はみんながみんな、「社会」にあわせようとして無理してるんじゃないかと。

よく考えたら、社会生活を営むこと自体が不自然なわけで。例えば、今、私たちは服を着て暮らしていますけど、「裸の状態でいない」ってよく考えたら「自然」ではないですよね?(笑)

私、美術系の大学を志望していたので、高校生のときに性器がめっちゃ写っている写真集を家で見てたんです。

そしたら母が「何、それ?」って怪訝な顔をするんですよ。でも私としては「いや、だって、みんなあるよね? 本当は隠すほうがあべこべなことだよね?」という思いが強くて。そういう「自然」と「社会」が矛盾していることへの違和感は、昔からずっと持っていました。

今、4歳の子どもを育てているんですけど、子育てって思いっきり「自然」じゃないですか。

私たち大人は「自然」だった幼い頃からずっとチューニングし続けて「社会」に寄ってきたのに、いきなりまたスケジューリングできない生活にガッ!って勢いよく引き戻されるみたいな。子育てをしているとそういう感覚があります。

『ダルちゃん』(はるな檸檬)
『ダルちゃん』(はるな檸檬)

――30代になった今のはるなさんにとっては、20代の苦しさは「通り過ぎた過去のもの」として捉えていますか。

私、「あのときの私はこう思っていた」みたいな感情の記憶力がめちゃくちゃいい方で。だから、派遣社員のときに抱いた「鬱屈しつつも、にこやかに立ち回っていた20代の自分」の気持ちも、はっきり記憶に残っています。

人って、つらいときはいちばん最初に"自分"をいじめると思っています。責める、加害する相手として、いちばん手近で楽だから。

私自身はつらかったあの時期を通り過ぎて、今は前よりは平和な土地に来てしまった。

だけど、今まさに無意識に自分をいじめている若い女の子たちの肩を揺さぶって、「本当にそれでいいの?」と問いかけたい気持ちがあるというか。

フェミニズムにはあえて振らなかった

――はるなさんは、少しずつ「平和な土地」にたどり着けたのでしょうか。

いえ、私の場合ははっきりビフォーとアフターがありました。25歳のときにつきあっていた人と別れて、3日ぐらいごはんが食べれなかったことがあって。そのときにノートが1冊埋まるぐらいの勢いで、自分の気持ちをめちゃくちゃに書き連ねたんです。

それを全部書き終えて、読み返したときに、スッと何かが抜けて、地に足が着いた感覚があった。世界の見え方が全然変わっちゃったというか...。脱皮して別の人間に生まれ変われたような感覚がありました。

それまでは自分の気持ちをごまかして、信じたいものだけを信じようとしていた。自分も相手も実際よりちょっと上のあたりに置いて、「良きもの」と思い込んでいた。

でも現実はそうじゃなかった。

自分も彼も当たり前に欲深い、ほころびだらけのただの人間だった。

そういう現実を見つめる勇気を初めて持てたときに、「あ、自分で自分を受け入れるってこういうことか」と初めて実感としてわかったんです。自分のダメなところをひとつひとつ認めていくと、すごくつらいけどすごく楽になれるんだな、って。

だから、『ダルちゃん』は、ジェンダーやフェミニズムを描く方向にはあえて振らなかったつもりです。そういう風に捉えてもらってもいいのですが、私としてはそこよりも自分で自分を騙している状態、気づかず自傷している人の普遍的な物語を描きたかったのです。

誰かに受け入れられた記憶は、孤独の糧になる

――『ダルちゃん』前半のクライマックスは、自分を見下している男性社員のスギタさんとダルちゃんがラブホテルへ行くくだりです。

ここは痛いですよね。私も描きながら超つらかったです、ここ。

でも、ダルちゃんはここで一回傷ついてもらわないといけなかった。自分を守ろうとするつもりで、自分を裏切っている。そういう底まで落ちるくらいの出来事がないと、物語として次へ行けないと思っていたので。

『ダルちゃん』(はるな檸檬)
『ダルちゃん』(はるな檸檬)

――手ひどく傷つけられる一方で、恋愛のいちばん美しい瞬間も描かれます。足に障害のあるヒロセさんとの恋は、ダルちゃんの世界を広げてくれますね。

恋愛の初期の頃って、好きな人と一緒にいられれば場所なんてどこでもいいじゃないですか。道端でしゃがんでるだけで「超楽しい!」みたいな。自分が好きな人が、自分のことを好きだと言ってくれる。世界がキラキラするような奇跡ですよね。

誰かに受け入れられる体験って、生きていく上ですごく大きい後押しになるというか。それがあることでだんだんと人は自分を受け入れられるようになるし、いつかひとりになったとしても孤独を受け入れられるんじゃないかな、と私は思っています。

『ダルちゃん』(はるな檸檬)
『ダルちゃん』(はるな檸檬)

でもそれとは別に、恋人や家族でも侵してはならない領域があると思うんですね。他人が判断を加えるべきではない、その人だけの苦しみや悲しみもある。そのことを表現しようと思って描いたのが、終盤のダルちゃんとヒロセくんの美術館デートの場面です。

ちっちゃいコマなんだけど、ヒロセくんが美術館の人に車椅子を薦められるシーンを挿れてるんですよ。その光景を見たダルちゃんが「ああ、この人はずっとこうやって生きてきたんだ」と実感してしまう。彼には彼の苦しみがあるんですよね。

『ダルちゃん』(はるな檸檬)
『ダルちゃん』(はるな檸檬)

雨宮まみさんも、女性たちの幸せを願っていた

――ダルちゃんを励ます年上の女性サトウさんは、20代の女性たちにエールを送るはるなさんの姿にも重なって見えます。個人的な感想ですが、はるなさんとの共著もあるエッセイストの雨宮まみさんを思い出しました。生前の彼女もまた、"妹"世代の女性たちに心を寄せてエールを送っていましたよね。

......雨宮さん。......すみません、雨宮さんを思い出すと......いっつも泣いちゃう......。ああ、でも雨宮さんは本当にそうで、「後進をいかにハッピーにするか」みたいな使命感をすごく持っていましたよね。

私も同じで、自分より若い子たち、年下の女性たちに、幸せになってほしいんです。すごく。

すごく清らかで、でもずっと戦っているような人でしたよね。......今でも時々、雨宮さんにすごく会いたいなって思う瞬間があります。実際会ったときは宝塚の話しかしてなかったんですけど(笑)。今になってそういうことがすごく悔やまれます。

HUDDPOST JAPAN
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次作は「欲望」が行き着く先を描きたい

――WEB発でコミックエッセイ「れもん! 産むもん!」を経て、ストーリー漫画『ダルちゃん』で作家として新境地を拓かれましたが、次作の予定は?

直近でやりたいなと思っているのが「欲望」をテーマにしたお話です。欲望が行き着く先、みたいなものを、一切共感できないであろう女性を主人公にして描きたい。

「ダルちゃん』を読んで「共感しました」という感想をたくさんいただけて、それはすごく嬉しかったんですね。でもだからこそ、次はちょっと違うことを描いてみようと思っています。

「ダルちゃん」1.2巻(小学館)
「ダルちゃん」1.2巻(小学館)

(『ダルちゃん』1.2巻、小学館より発売中)

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(取材・文:阿部花恵 編集・写真:笹川かおり)

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