なぜパ・リーグは強くなったのか。球団削減危機の後に、躍進を支えた会社とは

ライバルが手を組んだパ・リーグ。フィールド上は闘いでいい。だけどライバルと手を組むことでやれることは多い――
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パ・リーグにとって、2000年代は激動の時代だった。

2004年に起きたプロ野球史上初のストライキ。日本ハムファイターズが本拠地を東京から札幌にうつし、2005年には楽天イーグルスが参入。ホークスは親会社がダイエーからソフトバンクに代わった。

それから約15年。パ・リーグは大きく変わった。

球場観客動員数はセ・リーグに負けないほど増え、過去10年の日本シリーズはパ・リーグ球団が9回制覇。「セパ格差」が懸念されるほどになっている。

「球界再編の後、パ・リーグは人材起用や球団間の協力の仕方が大きく変わった」と話すのは、「パシフィックリーグマーケティング株式会社(PLM)」の根岸友喜社長だ。

PLMは、2007年に6球団が共同で出資して設立した会社。そしてこのPLMこそ、球団数削減の危機に立たされていたパ・リーグの変化の象徴とも言える存在だ。

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根岸友喜氏
Rio Hamada / Huffpost Japan

球団間の協力=強いチームに貢献「間違いない」

6球団が力を合わせてリーグを盛り上げることを目的に作られたPLM。

球団間の協力について「フィールド上は闘いでいいと思うんです。ただファンに喜んでいただくことや、それによって球団が対価を得る話など、全体でやれることは多い」と根岸氏は話す。

球団間の協力が、強いチーム作りに貢献していると思うか?という質問に、根岸氏は「間違いなくそう思う」と答える。

実際、球団再編後のパ・リーグでは球場来客数が右肩上がりに増えており、収入増につながっている。

来客数増加の背景の一つには、球団が協力して、ファン獲得や収益化に取り組んできたことがある。

来客数増加によって増えた収入は、選手獲得や育成の資金に直結し、結果的にチーム強化につながる。

「1990年くらいだと、パ・リーグの球団は親会社が野球のチームを持っているもので、赤字になっても親会社が広告宣伝費で埋め合わせていた。それが今は、パ・リーグの各球団は自前で経営できるようになっています。球団が稼げるようになると、それだけ選手などに投資できるようになります」と根岸氏は話す。

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2020年11月25日に開催されたプロ野球日本シリーズ第4戦・ソフトバンク-巨人。このシリーズではソフトバンクが4連勝し、4年連続で日本一の座を手にした
時事通信社

さらに楽天やソフトバンクというIT企業が参入したことがパ・リーグの変革を促した、と根岸氏は話す。

 「楽天やソフトバンクといった親会社がITの球団は、意思決定も早い。行動もダイナミズムがあり、早い段階からコンサル業界や営業会社など、外部の業界にいた人を採用するようになりました。その色が、球団にどんどん出てくるようになりました」

中でもソフトバンクの売り上げはパ・リーグの他の球団の倍以上で、稼いだキャッシュの中から育成やプレイヤーの強化、編成、ファンがより楽しめるような球場の改修などをしているという。

「組織人事構築、マネジメントがずば抜けていると感じます。球団としてどういうチーム作りをするかというところに、明確な意思を感じます」

こういった新規参入チームの取り組みは他のチームにも影響を与えていて、それまで外部から採用しなかった球団も、徐々に外部から採用するようになっているという。

新しいやり方を取り入れ、お互いにノウハウをシェアすることで「各球団のビジネスがいい意味で成功していると思う」と根岸氏は話す。

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Rio Hamada / Huffpost Japan

やるのは2つだけ

具体的に、PLMを通してどんな協力をしているのか。

PLMのビジョンは「プロ野球やスポーツの力を通じて日本の社会全体を明るく元気にすること」で、その中でのミッションは「プロ野球の新しいファン層の発掘」だという。

「そのために私たちがやるのは『6球団でやったらいいこと』と『1球団ではできないこと』の2つだけです」と、根岸氏は言い切る。

6球団でやった方がいいこととして根岸氏が挙げる一つは、デジタル戦略だ。

パ・リーグでは、全試合のインターネット配信権をPLMが一括管理している。試合は「パーソル パ・リーグTV」という自社プラットフォームで配信する他、DAZNなどの外部プラットフォーマーにも販売している。

「地元放送局との関係など、チームごとに環境が異なるテレビの放映権と違い、インターネット配信権は6球団分を1カ所に束ねて販売した方がファン、買い手、売り手それぞれにとって利点がある」と根岸氏は話す。

例えばファンは、応援するチームのホーム試合だけではなく、ビジター試合や他球団の試合など、パ・リーグの全試合が見られる。

買い手にとっては、パ・リーグ6チームの放映権の交渉を一つの窓口で済ませられる、コンテンツが一度に全て揃うのでプローモーションしやすい、といったメリットがある。 

そして売り手にとっては、コストダウンや収益アップ、ファン層拡大などの利益があるという。

「個別に売るより、パッケージとして販売した方が価値が出やすく収益が伸びる可能性があります。また6球団でまとまると、ITインフラなどがボリュームディスカウント(商品の数に基づいた割引)しやすくなるなどコスト削減も図れます。そして自球団のファンにとどまらない様々な人にコンテンツを届けやすくなるという利点もあります」

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Rio Hamada / Huffpost Japan

それぞれの層に向けた配信戦略

コンテンツの発信戦略は、“ファン度”によって異なるという。

毎月一定の金額を払って全試合を見られるパーソル パ・リーグTVやDAZNは、お金を払っても見たいコアファン向けのコンテンツ。

その一方で新たなファン、特に若い世代にリーチするために力を入れているのが、無料で視聴できるYouTubeチャンネルだ。

「私が子どもだった頃と違い、今の20代の人たちは毎晩ジャイアンツ戦が地上波で放送されるような環境で育っていません。YouTubeにはそういった20代の人たちに楽しんでもらって、ファンになってもらう狙いがあります」

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パ・リーグ全球団のコンテンツが用意された、パーソル パ・リーグTVのYouTubeチャンネル
パーソル パ・リーグTV

パーソル パ・リーグTVのYouTubeチャンネルには、その週の注目のプレーから名場面、野球ファン以外でも笑える場面など、野球をよく知らない人でもクリックしやすいコンテンツが用意されている。

「PLMや各球団の自社プラットフォームだけで配信していると、既にそこにいるお客さんにしか届かない。でもYouTubeを使うと、あっという間にパ・リーグに関心のなかった人たちにも届きます」

パーソル パ・リーグTVのYouTubeチャンネルは、2020年のチャンネル総再生数で第15位にランクインするなど、若いファン層獲得の手応えを感じているという。

「若い人たち自身がメディアになって、どんどんいい情報を発信してくれるというという効果もあります」と根岸氏は話す。 

ウルトラマンは“球団色“を嫌がる

各球団の個性や色を前面に出すことは、人気商売のスポーツには欠かせない一方で、それがかえって「特定のイメージがつく」と捉えられ、興行・イベント面での選択肢を狭めることにもなる。

その一例として、根岸氏が挙げたのが「ウルトラマン」や「仮面ライダー」だ。

「ウルトラマンや仮面ライダーは、単体の球団だと組むのが難しいんです。例えばライオンズとだけ組むとライオンズの色がでてしまいますから、相手が組みたがらない。また、親会社の兼ね合いで組むのが難しい場合もあります」

しかし、チームではなくリーグであれば、特定の球団の色が出る心配がなくなる。

それを生かして実現したのが、各球場に人気ヒーローキャラクターを招いた「パ・リーグ親子ヒーロープロジェクト」だ。

初回の2014年度は、6球団がそれぞれ、異なるウルトラマンキャラクターをホーム球場に招いてイベントを開催。翌年度は仮面ライダーが招かれ、多くの親子連れが来場した。

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親子ヒーロープロジェクトが実施された、2014年9月6日のソフトバンク―西武戦。ウルトラ怪獣の「カネゴン」(右)が、係員と一緒にグラウンドを整備するなど、人気の怪獣や星人などが試合の合間に登場して観客を沸かせた。
時事通信社

さらに2021年はスマホの位置情報ゲーム「ドラゴンクエストウォーク」とのコラボを発表。球場だけでなく、ドラクエウォークのゲーム内でもコラボを予定している。

PLMでは、各チームの担当者や責任者が1カ月に1度集まって、イベント開催やスポンサーシップ、グッズ販売など、多岐にわたる課題を話し合っている。その会議で、「もっと子どもたちに球場を訪れてもらうために、ウルトラマンや仮面ライダーを呼んではどうだろう」という提案が出たのが、きっかけだったという。

「球団からしてもウルトラマンや仮面ライダーのファンが、球場に来てもらえるチャンスです。お金の面でも1球団ではやりにくいことが、まとまることで実現できるんです」

海外にも向かうファン拡大戦略

発信のアンテナは、海外にも向かっている。PLMは2020年まで、台湾とアメリカでスポーツ専門チャンネルと契約し、両方の国でパ・リーグ主催の全試合が見られるようにしている(2021年は未定)。

海外市場は今後さらに力を入れる予定で、その中でも特に日本でプレーする海外選手にフォーカスしたマーケティング戦略を考えているという。

「海外の野球に興味のある人は、普通は大リーグを見ます。世界的にはニッチコンテンツであるNPB(日本野球機構)やパ・リーグに目を向けてもらうためには、自国の選手にフォーカスすることが必要ではないかと思っています。イチロー選手や大谷選手がメジャーに行くと、彼らの試合を見るようになりますよね?」

例えばアメリカの場合だと、オリックスでプレーするアダム・ジョーンズ選手のような選手にフォーカスすることで、ファン層を広げられる可能性があると根岸氏は言う。

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オリオールズでプレーした時には、ゴールデングラブ賞も受賞しているアダム・ジョーンズ選手。海外での配信は、その国の選手にフォーカスする戦略も考えている(2020年08月22日)
時事

「ジョーンズ選手はオールスターにも出た素晴らしい選手。彼がきっかけでパ・リーグの試合を見るようになるかもしれません。台湾から選手が来た時には、その選手にフォーカスすることで視聴率が上がったり、グッズが売れたりする可能性があります」

アメリカや台湾以外にも、野球が盛んな北米・中南米エリアで新しいファンを増やす余地があると根岸氏は感じている

PLMはない方がいい

PLM自体も成長しており、創業時は1〜2億だった売り上げは現在は50億円超。

「1球団ではできないこと」の一つとして人材事業も初めている。

「野球だけではなく、サッカーやバスケットやラグビーなど、様々な競技を対象にしたスポーツ界に入りたい人向けの転職イベントをやっています」

チームが個別に採用活動をするよりも、球団やスポーツの垣根を超えたリクルーティングの方が、スポーツ業界にいい人が入ってきやすい。そしていい人たちが入ることで、スポーツ界が盛り上がると根岸氏は話す。

「2005年から2007年にかけてパ・リーグに新しい人材が入ってきたように、多様な人材がやってくることで業界全体が発展する可能性があります」

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Rio Hamada / Huffpost Japan

PLMが見据える将来像は、パ・リーグだけではなくスポーツ界全体を盛り上げる総合商社。プロ野球で培ったビジネスやマーケティングのノウハウを、他の競技でも使えるようにしたいと考えている。

そういった将来への戦略を見据えつつ、「大前提としてPLMはない方がいいと思っている」とも根岸氏は話す。

「それは業界全体の発展をゴールとした場合に、パ・リーグ、セ・リーグというより、プロ野球が発展した方がいいからです。その視点から言えば、パシフィックリーグマーケティング株式会社ではなく、12球団でリーグビジネスをやった方がいいと思っています」