PRESENTED BY 国際交流基金日米センター

「いばるな、人間」私たちはコウモリから学ぶべき?

朝日地球会議2021×国際交流基金日米センターの共催セッションから見えてきた、ポストコロナの生き方
Yuji Nomura

日米両国の対話を通じて国際課題に取り組む国際交流基金日米センター(CGP)が、今年の朝日地球会議2021に特別共催し、ポストコロナ時代について考える二つのパネルセッションを開いた。

CGPは1991年、世界の重要な課題を解決するため、日米両国が世界の人々とともに協力していく必要があるとの認識のもとに設立された機関だ。この30年間、政治、経済、安全保障など幅広い分野で、日米の関係者に対話と協働の機会を提供してきた。設立30周年を迎え、世界を取り巻く情勢や私たちが暮らす社会が大きく変化する中、新たに取り組むテーマとして「レジリエントな社会の構築」「社会的包摂の実現」「科学技術で豊かな社会の創造」を掲げる。

コロナ禍で変化する時代において、CGPは私たちに何を伝えたいのか──。

二つのセッションと国際交流基金理事長のインタビューを通して、紐解くことにする。

科学にも「哲学」が必要。文系と理系はつながっている

まずは第1部 「ポストコロナ時代の人類と社会~いま考える『新しい知』」のハイライトを紹介する。生物学者の福岡伸一さんと政治哲学者のマイケル・サンデルさんが登壇し、コロナ禍で一層浮き彫りとなった様々な分断について議論した。

左から、長野智子さん(キャスター、ジャーナリスト)、マイケル・サンデルさん(ハーバード大学教授、政治哲学者)、福岡伸一さん(生物学者、青山学院大学教授、米ロックフェラー大学客員研究者) ※サンデルさんはオンライン出演 ※長野さんはコーディネーターとして参加
左から、長野智子さん(キャスター、ジャーナリスト)、マイケル・サンデルさん(ハーバード大学教授、政治哲学者)、福岡伸一さん(生物学者、青山学院大学教授、米ロックフェラー大学客員研究者) ※サンデルさんはオンライン出演 ※長野さんはコーディネーターとして参加

専門を異にする2人だが、分断を乗り越えるためポストコロナ時代に求められる「知」について話が及ぶと、理系や文系の分野を超えた哲学的思考が必要と口を揃えた。

福岡さん コロナが問いかけたのは、科学の問題というよりは科学の限界の問題。現在、文系と理系には二つのカルチャーの分断が起きています。でも、コロナのような問題を考えるときには、二つの知を統合したものが求められるようになる。そのときにキーワードになるのは「哲学」。科学にも哲学が要るのだと思います。

マイケル・サンデルさん
マイケル・サンデルさん

サンデルさん まったく同感です。コロナ禍では、科学に従うことが必要だということをよく聞きました。しかし、科学だけでは十分ではありませんでした。今日のセッションで学んだのは、科学は自己完結していないこと。科学は人間の判断や哲学的な内省に依存し、それと結びついているのです。人文科学とサイエンスのつながりや、自然との調和が大きな課題の一つであると認識するべきだと考えます。

コウモリを見習え?「利他」の精神とは

左から鈴木暁子さん(朝日新聞GLOBE副編集長)、福岡伸一さん(生物学者、青山学院大学教授、米ロックフェラー大学客員研究者)、伊藤亜紗さん(東京工業大学 未来の人類研究センター長)、白井智子さん(特定非営利活動法人 新公益連盟 代表理事)※鈴木さんはコーディネーターとして参加。
左から鈴木暁子さん(朝日新聞GLOBE副編集長)、福岡伸一さん(生物学者、青山学院大学教授、米ロックフェラー大学客員研究者)、伊藤亜紗さん(東京工業大学 未来の人類研究センター長)、白井智子さん(特定非営利活動法人 新公益連盟 代表理事)※鈴木さんはコーディネーターとして参加。
Yuji Nomura

続く第2部「教育とケアから考える『利他』」では、福岡伸一さんに加え、障害を通して人間の身体のあり方を研究する美学者の伊藤亜紗さん、フリースクール運営に長く関わってきた社会起業家の白井智子さんが登壇。身近な例から、他者との向き合い方について話し合った。

「多様性と調和」「利他」といった捉えどころがない言葉をめぐり、教育や障害者ケアの現場からヒントを探す中、福岡さんが挙げたチスイコウモリの「利他行動」の話が場を盛り上げた。

福岡伸一さん
福岡伸一さん
Yuji Nomura

福岡さん(以下、福岡) コウモリは洞窟に群れですんでいますが、夜になるとバーッと散らばっていって家畜とかに噛み付いて吸血してくるわけです。でも、必ず集団の中に血がうまく吸えなくて、お腹を減らしたまま戻ってくる個体がいます。そうすると、たくさん血が吸えた個体がそれを吐き戻して、お腹をすかせているコウモリにあげるんです。

役割が固定しているわけじゃなくて、運次第で血が吸えることもあるし、吸えないこともある。そういう与え合う関係が自然に起こっているし、しかも必ずしも血縁があるから起きているわけではないんです。

その利他行動の原理としては、「役割を固定しない」「もらう人は必ずいつか与える立場になりうる」ことを、コウモリは自明の理として信じていて、そこが大事だと思います。

伊藤亜紗さん
伊藤亜紗さん
Yuji Nomura

伊藤さん(以下、伊藤) すごく面白いです。コウモリのようになりたいですね。私たちが「利他」という言葉で呼ぼうとしているのって、ちょっとコウモリっぽいというか、個が先にあるというよりは、なんとなくこの人とつながっている、一緒に存在しているっていう感じがある。何のためになるか分からないけど、とりあえずやってみるというような、そういう「利他」なんじゃないかなと思うんですよね。

白井さん(以下、白井) 私、コウモリかもしれない。 今、20年前に出会ったフリースクールの生徒たちが、私の仕事を手伝ってくれていて。彼らとは、それこそ血縁とかないですよ。でも、私みたいに一瞬でも触れ合った人や、仲間たちを「世界中どこにいても、助けに行く」っていうすごく素敵な子どもたちが育っていて。あ、コウモリかなって、ありがたいなと思って聞いていました。

支え合う世界観を作っていけば、貧困、差別、戦争がない時代に近づく

白井智子さん
白井智子さん
Yuji Nomura

セッションの最後は、登壇者の示唆に富むコメントで締めくくられた。

白井 これまで関わってきた子どもたちに「あなたたちが今まで頑張ったことって生物学的にこういうことで、『利他』的な概念なんだよ」ということを伝えたいですね。そうして支え合う世界観を作っていくことで、理不尽な貧困、差別、戦争がない時代を受け渡していきたいなと思っています。

伊藤 一番の収穫は、時間的にものごとを考えたときに、「利他」が見えてくるというところ。普段私たちは、効果が見えないことにあまり前向きになれないものです。でも「利他」という観点から考えてみると、長い時間の中で計算できないことも多いし、良いときもあれば悪いときもあることを受け入れ、おおらかに生きていく。それも自分一人ではなくて、様々な人と一緒に生きていく。それ自体がとても楽しいことだなと思いました。

福岡 人間はもちろん他者に支えられているし、また支えている。でも同時に、人間という存在は、あらゆる面で他の生物のある種の利他作用によって支えられているわけです。その中で人間だけが、非常に利己的に地球の支配者のように振る舞って資源を収奪しているわけなので、やっぱり「いばるな、人間」と私は思っています。
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このセッションで語られた、「利他」という支え合う価値観──。それは、ポストコロナ時代に生きる私たちの未来を照らす一筋の光となるに違いない。

設立から30年、日米の対話の場をつくってきた

国際交流基金の梅本和義理事長
国際交流基金の梅本和義理事長
Yuji Nomura

セッション終了後、国際交流基金理事長の梅本和義さんに話を聞いた。

── 今回のセッションを通してCGPは、人々に何を伝えることができたと思いますか?

梅本和義さん(以下、梅本)コロナ禍で格差や社会の分断が広がる中、福岡さんとサンデルさんは、自然と調和して暮らすことの重要性、理系と文系の統合が必要ということについて話しました。それはCGPとして、これから取り組もうとしている三つのテーマの大元になるものです。

第2部では、教育や障害という身近な問題から入って、長い時間で見たときの人と人との関係性、多様性や調和、「利他」について取り上げました。それは、まさに私たちが考えている包摂性のある社会です。これからいろいろな議論をしていく上で、登壇者の方々は大変興味深い視点を提供してくださいました。

化学変化を起こす「触媒」になる

Yuji Nomura

── CGPがこれから取り組もうとしている三つのテーマ「レジリエントな社会の構築」「社会的包摂の実現」「科学技術で豊かな社会の創造」について教えてください。

梅本 レジリエントな社会というのは自然災害やパンデミックなどグローバルな脅威を克服する取り組みです。それから社会的包摂の実現とは、まさに多様な社会で、分断を解消する取り組みでもあります。
福岡さんも言っていましたが、科学技術には人類や社会がきちんと向き合って、その限界をよく意識する必要があります。その中で、豊かな社会の創造ということを目指したいと思っています。

国際交流基金日米センター資料より

これらのテーマは、ある程度時間をかけて複合的、多様な視点を持って進めていく必要があります。単独で模索するのではなく、他の人が何をやっているかを知って学んだり、あるいは自分がやっていることを学んでもらったりという機会を増やすため、国境を越えたネットワークも重要になります。

今回のセッションのように、人と人が国や専門分野を超えて出会い、対話すれば、化学変化が起きる。CGPは、そういうきっかけを作るための「触媒」のような役割が果たせればと思います。

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設立以来30年間、日米の架け橋となるべく、さまざまなグローバルな社会課題解決に尽力してきた国際交流基金日米センター。

今回の共催セッションを通して伝わってきたのは、「人と人をつなぎ、対話や交流を促し課題解決の一助となりたい」という想い。それは、現在の分断が進んだ社会において、最も必要とされているものではないだろうか。

CGPは事業の三つの新テーマへの取り組みを通じて、日米共同で世界の共通課題への貢献を担う人材の育成も目指している。

さらに自主事業だけでなく、広く民間の団体を対象とした公募助成制度があり、新たな事業方針と共鳴するプロジェクトを積極的に支援していくという。ポストコロナ社会において、今後どのような取り組みが生まれてくるのか注目したい。

国際交流基金日米センター(CGP)のサイトはこちら

▼「朝日地球会議2021」でのセッション内容はこちら


(写真 / 野村雄治)

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