「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」は日本語で何と訳す? “正解”求めず、翻訳し続けるということ

世界のことを日本に紹介するときに、言葉は断片を切り取ってしまう。だからこそ...
Black Lives Matterと書かれたTシャツを着た大坂なおみ選手=2020年8月28日、アメリカ
Black Lives Matterと書かれたTシャツを着た大坂なおみ選手=2020年8月28日、アメリカ
EPA=時事

アメリカで「Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)運動」が続いている。
5月25日にジョージ・フロイドさんが警察による暴行で命を落とした事件を契機に広がった。8月23日には、ウィスコンシン州で黒人男性ジェイコブ・ブレイクさんが警察により背後から至近距離で7発の銃撃を受けた。ブレイクさんは一命を取り留めたものの下半身麻痺の重傷を負った。

こうした記事は日本でも多く読まれ、関心が高い。

差別をめぐる議論も活発になっているが、メディア側を悩ませているのは「BLM」をどう訳すか、という問いだ。

「は」「も」「だって」で漏れ落ちるもの

BLM運動をどう訳すか。

メディア各社によく見られた表現は、「黒人の命は大切だ」「黒人の命も大切だ」だ。

「黒人の命」という言葉の後に、「は」を使うのか、「も」を使うのかで、大きく印象は違う。

6月時点の記事をみる限り、「は」にしていたのは、毎日新聞、読売新聞、NHKなど8社。「も」は朝日新聞や共同通信など3社だった。もちろん各メディアには、記事やコラムなど多くの原稿が載るため、一概には言えないが、ざっとした整理だとそうなった。

朝日新聞デジタルでは、「(いちからわかる!)「ブラック・ライブズ・マター」どんな意味?」(6 月13日)という記事で、「も」を使う理由をこう説明する。

直訳すれば「黒人の命は大切だ」。でも背景には「みんな平等に大切な命なのに、黒人の命は軽視されてきた」という問題意識があるから「黒人の命も大切だ」の方が近い

「これまで白人中心に考えられてきたが、黒人の生命も同じように大事であり、尊重するべきだ」という思いが伝えられる。一方で、黒人の命のことを、白人の命「に加えて」考えているというニュアンスも同時に出てしまい、今の黒人の苦しみを軽視してしまう恐れもある。

BLMが伝えたいことは何か。6月上旬に多くの人にシェアされた写真が端的に伝える。6歳のアルマーニ・ウイリアムズ(Armani Williams)さんが掲げたプラカードだ。

「私たちは、黒人の命大切だと言った。黒人の命だけが大切とは一切言っていない。我々は、すべての命が大切だと知っている。だからこそ、黒人の命が危機にある中、あなたの助けが今必要なのです」
“We Said→Black Lives Matter/ Never Said→Only Black Lives Matter/ We Know→All Lives Matter/ We Just Need Your Help With #Black Lives Matter For Black Lives Are In Danger.”


ライフスタイルブロガーの
アヤナ・レイジ(Ayana Lage)さんの訴え

「黒人の命が大切にされない限り、みんなの命も大切にされない」

というのも多くの支持を集めた。


訳が定まらぬわけ

なぜ訳が定まらないのか。

それは国際ニュースが、その国の文化や歴史を基にした言葉で成り立っているため、翻訳するときにその背景までとらえる必要があるからだ。

このニュースを考えるとき、奴隷制度の歴史から紐解くことから始めなければならない。

アメリカでは、これまで社会生活や文化表現などにおいて、主に白人が優位に立つ一方、黒人は差別的な状況に苦しんできた。

黒人はトイレやバスなど公共の場でも白人とは区別されたり、仕事や、警察からの取り調べなどあらゆる場面で差別を受け、理不尽な理由で命までも奪われることもあった。制度的人種主義(Systemic racism)や、構造的人種主義(Structural racism)と言われるように、黒人は社会構造の中に差別が固定されてきた。

こうした歴史的背景も含め、どう訳すか。メディアは悩んできた。

ハフポスト日本版内でも5月、編集部で議論した。まずは「黒人の命は」なのか「黒人の命も」なのか。「黒人の命だって」なのか。あえてBlackLivesMatterとそのまま伝えた方がよいのかーー。

議論は数年前にさかのぼる。2012年に17歳の黒人少年が白人の自警団長に銃撃され死亡した事件や2014年の警官により黒人男性が死亡した事件を伝えた時から訳について話し合ってきた。ハフポストは当時、Black Lives Matterを「黒人の命『だって』大切だ」と訳した。BLMは、街に出て叫ぶことで生きてくる言葉だ。リズミカルに使われている、その話し言葉でそのまま表現した方がニュアンスが伝わるという思いがあった。

2020年5月BLM運動が再燃すると、ハフポストは、#BlackLivesMatter の和訳として、「黒人の命も大切だ」としたこともあった。ただ、それでは、前述したように、黒人の命を中心に考えていないような印象を受ける、という指摘も編集部に寄せられた。

また、「All Lives Matter(みんなの命が大切だ)」という言葉がBLM運動に対抗する形で使われ始めたことも訳に影響を与えた。一見ポジティブなことを言っていながら、「みんな」という大雑把な言葉を使うことで、黒人による運動だという「当事者性」を奪ってしまう。

ハフポストは世界10カ国以上にあり、各国版の編集長が訳について意見を交わした。ある編集長は、「緊迫感を伝えるメッセージなので、意訳になってしまうが、『黒人の命を今こそ守れ』というぐらい和訳しないと伝わらないのではないか」“It is more of an urgent message that states “Save black people lives NOW !!”と意見を寄せた。

ハフポスト日本版編集長の竹下隆一郎は、「『黒人の命を守れ』や『黒人の命は大切だ』という和訳を使いつつ、一つの単語だけでは伝えきれないこともあるので、できるだけ丁寧に記事の中で運動の背景を伝えていく」という方針に決めた。

日米の社会制度について詳しいスタンフォード大学アジア太平洋研究所日本研究プログラム・リサーチスカラーの櫛田健児さんは、

「BLMには英語独特の言語特性が含まれているので、黒人の命「は」「を」「も」の議論がありますが、そもそもこうした助詞にあたるものが、英語にはないので、言葉を補って伝える、もしくはそのままブラック・ライブズ・マターとするほうが良いと思ってます。

逆にいうと、例えば、英語で「奥ゆかしい」や「遠慮」という言葉を直訳できないのと同じです。BLMの概念は直訳ではなくて複数の言葉を使って意味を伝えたほうが相手に伝わる。特定の言葉がないから英語圏にはその概念が存在しない、ということではないので、言葉を補うことで理解が進むこともあります」

とハフポスト日本版の取材に対して、解説する。

メディアにも変化がみられる。

8月25日のテレビ朝日系のニュースでは「ブラック・ライブズ・マター」と和訳せずに伝えた。ハフポストも「ブラック・ライブズ・マター」と伝え始めている。朝日新聞は
「白人の若者もBLM運動 ぶつかる正義、米国は変わるか」の記事(7月9日)でBLM運動という言葉を使い「黒人の命は大事だ」という訳で補った。毎日新聞も6月21日には、「NBA再開よりも…ブラック・ライブズ・マター」と和訳せずに伝える見出しを載せた。

もちろん英語に馴染みがない読者もいるため、できるだけ日本語に訳す工夫も大事だ。一方で、日本国内でのBLM運動の広がりなど社会の変化とともに、認知が変わっていく外国語というものもある。決まった「正解」を求めたり、
固定観念にとらわれることなく、言葉を柔軟に変えながら、これからも当事者の思いを伝えていきたい。(ハフポスト日本版・井上未雪)

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