鬼怒川の堤防はなぜ決壊したのか

鬼怒川では、茨城県常総市三坂町付近東側の堤防が2015年9月10日午後0時50分、延長200mにわたって決壊した。鬼怒川の堤防はなぜ決壊したのであろうか。

鬼怒川では、茨城県常総市三坂町付近東側の堤防が2015年9月10日午後0時50分、延長200mにわたって決壊した。

鬼怒川の堤防はなぜ決壊したのであろうか。

1.異常気象が原因なのか

この時期17,18号台風が発生していた。先に18号台風が温帯低気圧に変わっていたところへ17号台風が衝突する形となり、これにより上昇気流が発生して、大量の積乱雲ができた。そのため帯状に雨を降り続けさせる「線状降水帯」が、栃木県と茨城県を南北に流れる鬼怒川の上にでき続けてしまった。

鬼怒川では過去にも数年~数十年おきに洪水を経験している。

1723年(享保8年) - 五十里大洪水

1885年(明治18年) - 洪水

1889年(明治22年) - 洪水

1890年(明治23年) - 洪水

1896年(明治29年) - 洪水

1902年(明治35年) - 洪水

1910年(明治43年) - 洪水

1914年(大正3年) - 洪水

1935年(昭和10年)9月 - 台風に伴う温暖前線の活発化による豪雨で洪水

1938年(昭和13年)9月 - 台風による豪雨で洪水

1947年(昭和22年)9月 - カスリーン台風による豪雨で洪水

1949年(昭和24年)8月 - キティ台風による豪雨で洪水

1982年(昭和57年)9月 - 台風に伴う秋雨前線の活発化による豪雨で洪水

2002年(平成14年)7月 - 台風6号による豪雨で洪水

つまりここ最近の異常気象による洪水ではなく、鬼怒川流域は「線状降水帯」の発生によって大雨が継続して降りやすい地形なのである。

2.100年に一度の大雨に耐える堤防ではなかったのか

洪水を防ぐための計画を作成するとき、被害を発生させずに安全に流すことのできる洪水の大きさ(対策の目標となる洪水の規模)のことを計画規模という。一般に大雨が発生する確率(確率年)で表現する。例えば、10年に一度程度の確率で発生する大雨の規模を「1/10年」、100年に一度発生する大雨の規模を「1/100年」と表現する。当然、「1/10年の規模の大雨」よりも「1/100年の規模の大雨」の方が、大きな規模になる。

利根川は200年に1回の確率で生ずる大雨を,利根川の支流である鬼怒川は100年に1回の確率の大雨を計画の基準にしている。

ここで、100年に一度ということばを使うと、次に大雨が来るのは100年後というように感じる。しかし正確には、1/100年とは、「1年のうちに発生する確率が1/100(1%)の大雨」を意味する。

1年のうちに1/100年確率の降雨が発生しない確率は 1-0.01=0.99となる。したがって今後20年間に1度も1/100年確率の降雨がない確率は(0.99)の20乗となり0.8179すなわち約82%。逆に今後20年間に1度でも降雨がある確率は 1-0.8179=0.1821で約18%となる。つまり1/100年の大雨に耐えるように堤防を作っていても、20年間に20%の確率で大雨による洪水が発生する確率があるということだ。

今回の降水量は鬼怒川流域の今市で24時間雨量541㎜を記録している。鬼怒川ではこれまでの記録の残っている24時間最大雨量は289㎜であったため、今回の雨量は想定を大きく超えていたことになる。

では300年に1度の洪水にも耐えるようにすればいいのでは、という議論もでるだろうが、税金には限りがあるので、むやみにお金をかけられない。また、工事のときは、お金だけでなく、土地を買ったり、家を移動してもらわないといけないことがある。例えば堤防を2mかさ上げしようとすると、堤防の外側に4mの土地が新たに必要になる。一人の反対があっても、なかなか工事が進まない。

3.堤防が弱かったのか

堤防が決壊する理由は次の4つである。

①越流→堤防の上の水が流れ、水流によって堤防上部より崩れる

②崩壊→堤防が水圧に耐えられずに崩壊する

③洗掘→堤防の斜面が水流によって浸食され、堤防が薄くなって崩れる

④漏水→堤防の止水性が不足しており、堤防の中を水が浸透し崩れる

今回の洪水では、映像を見る限りは堤防の上を超える形で水が流れ(越流)、その後決壊にいたっている。いわゆる「越水破堤」である。上記①が原因であり、堤防に何らかの問題があったことによる②③④が原因ではないと考えられる。

4.上流のダムが機能しなかったのか

鬼怒川には、川俣ダム、川治ダム、湯西川ダム、五十里ダム、4つの洪水調整を目的としたダムがある。9月10日から11日にかけて、上流から流入してきた水量を、4ダムが連携して絞って下流に放流する操作をし続けた。

4ダムの放流記録によると、堤防が決壊した9月10日には4大ダムへ合計毎秒約3000トンの水が流れ込んでいるが、下流への放流量の合計は毎秒約1000トン。つまり1秒に約2000トンの水をダムに貯めて下流の被害の軽減につとめていた。

ちなみにダムの放流量調整は高い技術と豊富な経験が必要だ。放流量を少なくし過ぎるとダムが満水になりその後の降雨による流入量をそのまま放流せざると得なくなり洪水調整できなくなる。一方放流量を多くすると下流に大量の水が流れてしまう。

結果として堤防が決壊したのでダムが洪水を防いだとは言えないが、水量の抑制には十分に機能したといえる。

5.なぜ防災対策が遅れたのか

①日本はヒマラヤの地形に似ている

日本の地形の急峻さは、ヒマラヤ山脈に似ている。

日本列島と北の千島列島、そして南の南西諸島の長さ約2000㎞の形は、ヒマラヤ山脈と東のインドシナの山脈、そして西のヒンズークシ山脈の長さ約2000㎞の形と相似している。太平洋と日本海の海水を取り除き、横断図を描くと、日本列島と、ヒマラヤ山脈が相似形であることに気づく。つまり、太平洋の海底、幅500㎞の日本列島、そして日本海の海底面への続く最大標高差1万m以上の横断図の形は、インドのデカン高原、ガンジス川がつくるヒンドスタン平野、幅500㎞のヒマラヤ山脈、そしてチベット高原へと続く最大標高差8000mの横断図の形と似ている。

このことから、日本列島はヒマラヤ山脈以上のまさに世界一標高差のある急崖であることがわかる。いわば日本人は、ヒマラヤ山脈の8〜9合目あたりの急崖にへばりついて住んでいるようなもの。同時に日本の川は、世界の屋根であるヒマラヤから急降下する、まさに滝そのものということになる。

こうした日本のこの急峻な地形のため、降った雨が急速に下流に流れ河川の水位が急激に上がってしまう。

図1:日本の河川の特徴

出所/国土交通省河川局「Rivers in Japan」(2006年)

②堤防は年々低くなっている

雨が降ると、山肌が崩れ土砂が川に流れ込む。近年は特に林業が衰退しているため、荒れた山地が多く、とりわけ多量の土砂が川に流れ込む。その土砂は川底にたまるので、年々川底は高くなってしまう。堤防の標高は変わらないので、水が流れる面積が年々小さくなっているこということだ。

そこで、山地からの土砂が川に流れ込まないように「砂防ダム」を造っている。通常のダムは水をためるのが目的だが、砂防ダムは水をためず、土砂をためる。近年では流入土砂が増えているため、場所によっては数年で砂防ダムが埋まってしまうことも多い。

鬼怒川上流域では脆弱な地質と急峻な地形から、豪雨時には山腹崩壊や土石流が頻発している。このため、過去、たびたび土砂災害が発生してきた。

鬼怒川の川底はかなり上昇し、実際に水が流れる面積が小さくなっていたことが予想される。

③防災事業費は1/3になっている

上記2つの理由で、洪水対策は継続して行わなければ、国民の安全を守れない。しかし洪水対策を行う治水事業費は、平成9年2.3兆円に対して、平成24年にはその33.8%である0.8兆円、平成27年には37.7%の0.9兆円と約1/3に削減されている。

今回決壊した付近は、国土交通省のシミュレーションでは10年に1度の大雨に対しても危険だと言われ改修計画が立てられていた。関西で同様の洪水が淀川、大和川で発生すると被害規模10兆円と言われている。関東でも、標高の低い荒川流域にて大洪水が発生する危険性が指摘されている。

今回の災害を教訓に、洪水の危険性を認識し、早期に対策を実施する必要がある。

(2015/9/15の「降籏達生のブログ」から転載)

【降籏達生のブログ】

映画「黒部の太陽」に憧れて、ダム、トンネル、橋の工事を行ってきた降籏 達生(ふるはたたつお)。現在は、全国の現場指導、コンサルティングを行っています。本ブログでは、建設業界へのエールとともに、あまり見ることのない建設業界の裏側を皆さんに紹介しましょう。

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